ストロボを焚くと、なぜ「見た目」に近づくんだろう
逆光で顔が暗く沈むとき、夜景をバックに人物が真っ暗になるとき。
ストロボを一つ足すだけで、その場で目に見えていた印象にぐっと近づきます。
以前、ストロボが活きる撮影シーンについて書きましたが、あらためて考えてみると、ストロボって不思議な道具だと思うんです。
背景はそのままなのに、被写体だけを持ち上げて、結果的に「その場で見ていた景色」に近づける。
これ、何をやっているんだろ?
HDR合成も、なぜか「見た目」に近づく
同じように「見た目」に近づく手段がもう一つあります。
HDR合成です。
露出を変えて複数枚撮影し、明るい部分と暗い部分、それぞれちゃんと写っているカットを合成する方法ですが、これも仕上がりを見ると、やっぱり「その場で見ていた印象」に近づいています。
ストロボとHDR合成、やっていることの見た目はかなり違います。
片方は光を足しているだけ、もう片方は複数枚の写真を合成しているだけ。
なのに、どちらも同じ方向、「見た目に近づく」という結果にたどり着くのは、ちょっと面白いところです。
2つに共通しているのは「明暗の差を広げる」という動き
この2つ、よく見ると共通点があります。
どちらも、写真の中の「一番明るい部分」と「一番暗い部分」、その両方をちゃんと写るようにしている、という動きです。
- ストロボは、暗く沈んでいた被写体を持ち上げることで、暗部の情報を増やす
- HDR合成は、複数の露出を組み合わせることで、明部も暗部も両方の情報を残す
つまりどちらも、1枚の写真が表現できる明暗の幅を、後から広げる作業をしているんですよね。
この「明暗の幅」のことを、写真の世界ではダイナミックレンジと呼びます。
種明かし:人の目は、カメラよりずっと広い範囲を見ている
なぜこの「明暗の幅を広げる」作業がわざわざ必要なのか。
答えは、人の目とカメラのダイナミックレンジの差にあります。
人の目は、明るい部分と暗い部分を同時に、かなり広い範囲で認識できます。
一説には20段以上ともいわれる広さです。
一方でカメラのセンサーは、だいたい10〜15段程度。目に比べるとかなり狭いんです。
だから、目では「人も夜景も両方見えている」状態でも、カメラで1回のシャッターを切ると、その狭い範囲に収まりきらない部分が、真っ黒か真っ白に切り捨てられてしまいます。
ストロボもHDR合成も、この「狭さ」を後から補うために、明暗の差を広げていたわけです。
しかも目は「動画」で見ている
もう一つ、目には大きな特徴があります。
一瞬で情報を切り取っているわけではなく、常に情報を更新し続けているんです。
暗い場所を見ていると瞳孔が開いて感度が上がり、明るい場所を見ると瞳孔が絞られる。
この調整を、無意識のうちにリアルタイムで行っています。
さらに脳が、その時々に見ている部分の情報を都合よくつなぎ合わせて、「見えている」という感覚を作り出しています。
人の顔を見るときは顔に、夜景を見るときは夜景に、瞬時に順応しながら情報を拾い、それを脳内で一枚の記憶として統合しているようなイメージです。
カメラの1枚の写真は、その瞬間を静止画として固定してしまうので、目が無意識にやっているこの「順応しながらの合成」ができません。
つまり、写真の工夫は全部「目に寄せる作業」だった
ここまでを振り返ると、ストロボもHDR合成も、目的は同じところに行き着きます。
- 目は広いダイナミックレンジと、瞳孔の順応、脳内合成によって「明るい部分も暗い部分も見えている」状態を作っている
- カメラは1回のシャッターで、その瞬間の光を固定してしまう
- だから写真では、ストロボやHDR合成といった手段で、意図的にその差を埋めてやる必要がある
ストロボで被写体を持ち上げるのも、HDR合成で明暗を両立させるのも、根っこは同じ「目に近づける作業」だったんですね。
まとめ:カメラは目に追いつこうとしている
ストロボもHDR合成も、方法は違えど「人の目が自然にやっていることを、カメラで再現する工夫」でした。
ここまでは、カメラを人の目に近づける工夫の話でした。
でも実は、人の目にはできないことを、カメラだからこそできる場面もあります。それはまた別の機会に。