第3回:光の引き算 ― 写真の「ノイズ」を減らすと、何かが立ち上がってくる

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きれいさは「足した結果」じゃないかもしれない

前々回、
美しさは「内側のエネルギー」が土台の上に重なって生まれる、という話をしました。

前回は、そのエネルギーが、姿勢の乱れのような日常のムダで削られてしまうこともある、という話でした。

今回は、その「ムダを減らす」という考え方を、カメラの話に持ってきてみます。
撮影の中でそれをどうやって形にしているのか。
考えてみると、私の場合は「光を足す」よりも、「光を引く」ことが多い気がします。

「ボケ」は、かなり正直な引き算

ポートレートを撮っていると、よく感じるのが、
「情報が多すぎると、主役がぼやける」ということです。

背景の電柱、看板、ゴミ箱、建物の色。
一つ一つは気にならなくても、全部写ると、視線が散ってしまう。
結果的に、被写体の存在感が弱く見えることがあります。

そこで使うのが、背景をぼかす「ボケ」です。

ボケって、雰囲気づくりの技術と思われがちですが、
実際はかなりストレートな「引き算」だと思っています。

・絞りを開ける
・被写体に近づく
・望遠レンズを使う

やっていることはシンプルで、
「今、見なくていいもの」を曖昧にしているだけなんですよね。

背景の情報が減ると、不思議と人の表情や目に意識が集まります。
その瞬間、写真の中の人物が、少し生き生きして見えることがあります。
それを私は、内側のエネルギーが立ち上がってきたように感じています。

光を全部当てない、という選択

もう一つ、大事にしているのが、光の当て方です。

顔全体を均一に明るくすると、
確かに「きれい」には写ります。
でも、どこか平面的で、印象に残りにくいことも多いです。

印象に残る写真には、だいたい影があります。

・影があることで、骨格がはっきりする
・暗い部分があるから、明るい部分が生きる

影って、足りないものではなくて、
むしろ「光を減らした結果、残った形」なのかもしれません。

全部を見せないことで、
見る側が想像できる余地が生まれる。
その余白が、写真に奥行きを作ってくれる気がします。

削る理由がある引き算

ムダを削る、というと、何でも減らせばいいように聞こえますが、
大事なのは「何を目立たせたいか」なんだと思います。

光や情報を減らすことで、
残したいものが自然と前に出てくる。

そうやって整理された写真には、
説明しすぎない分だけ、
見る人が感じ取れる何かが残る気がしています。

それが「魂」と呼べるものなのかどうかは分かりませんが、
少なくとも私は、
「あ、今のは撮れたかも」と思える瞬間は、
だいたい引き算がうまくいったときです。

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