美しさって、一体、何だろう?
この問いを突き詰めるたくて、「美人」について調べました。
すると、「人の平均の顔が最も美しい」という説にたどり着きました。
「人の平均」ってどこでもいそうな人にならないの?
そこで、AIを使って、この「平均顔」で画像生成してみたんです。
確かに、その画像は美人でた。
でも、なんか違うな、と感じました。
AIが暴いた「平均顔の矛盾」
その違和感の正体はすぐにわかりました。
まず「平均顔って、ごく当たり前じゃない」ということ。
平均顔は、顔の輪郭を含め、すべてのパーツが平均で構成されています。
現実には、そんな人間はいません。
誰だって、顎が少し鋭かったり、目が大きかったり、どこかに違い(個性)を持っているんです。
つまり、AIが作った平均顔は、個性(オリジナル)がない、ただの無機物。
だから、生きた人間から感じるエネルギーがないのかな、と感じたのです。
個性を加えると「生きた感じ」が戻る
そこで、そのAIが作ったの平均顔に意図的な「個性」を加えてみました。
シャープな造形を意識して、顔の造形に手を加えたのです。
- 顎をさらにシャープにする
- 小鼻を小さくする
あまり大きな変化が出なかった(生成AIを使えない…)んですが、
個性を与えた結果、画像は少しだけ生きた感じがありました。
真の美は「内側のエネルギー」に宿る
ここで、人を惹きつける美しさには、必ず「個性以上の何か」が宿っているのではと感じました。
それは、内側から溢れるエネルギー――知性や強い意志ではないかと。
つまり、真の美しさとは単に「個性を際立たせる」だけでは完成しません。
「個性の土台の上に、知性や生き様から生まれる『内側のエネルギー』を積み重ねたもの」
これが私の中で見つけた答えです。
カメラの設定の「その先」
これを感じたとき、私がYoutubeやSNSの撮影ノウハウにピンとこなかった理由もわかりました。
SNS上で語られる、シャッタースピード、絞り、ISO感度といったカメラの設定は、もちろん重要です。
しかし、本当に美しいものを撮るには、カメラの設定だけでは不十分。
まず「本質的な美」を理解し、それを表現するための哲学がいるんです。
