自己流とライディングスクールの決定的な違い― リターンライダーが勘を取り戻すまで

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大学時代に4年間バイクに乗り、
その後しばらく離れていました。
リターンしてから、約5年になります。

大きな事故もなく、
それなりに走れている。
正直なところ、「下手ではない」と思っていました。

それでも、どこか引っかかる感覚がありました。
以前より慎重になったのか、
それとも単に体力が落ちただけなのか。

理由ははっきりしないけれど、
昔のような余裕がない。

そんなタイミングで参加したのが、
HMSやDREといったライディングスクールでした。

最初に変わったのは、
フォームでも、スピードでもありません。

「自分はなぜ、そう操作しているのか」
それを説明しようとして、言葉に詰まった瞬間でした。

この連載について

この連載では、
ライディングスクールで学んだテクニックを
解説しようとしているわけではありません。

自己流で走っていた頃、
何が分かっていなかったのか。
なぜ、あるところで不安や余裕のなさが出てきたのか。

そして、スクールに参加する中で、
何が少しずつ整理されていったのか。

その過程を、体験ベースで書いています。

自己流で「走れてしまう」ということ

バイクは、かなり懐が深い乗り物です。
多少ズレた操作でも、破綻せずに走れてしまう。

だからこそ、
「できているつもり」のまま年数を重ねることもあります。

感覚だけで走れてしまう。
でも、その感覚がどこから来ているのかは分からない。

この連載は、
そんな状態から少しずつ抜け出していく話でもあります。

ライディングスクールで感じたこと

スクールで印象的だったのは、
「こうしなさい」と正解を教えられることではありませんでした。

今どうなっているのか。
本当はどうしたいのか。
そのズレを一つずつ見ていく。

うまくいかない理由を、
感覚や気合ではなく、整理していく。

その積み重ねが、
結果的に余裕につながっていったように思います。

こんな人に読んでほしい

・長くバイクに乗っている
・特別困ってはいないけれど、どこか不安がある
・昔より慎重になった気がする
・「感覚」で走ってきた自覚がある

どれか一つでも当てはまるなら、
同じところで引っかかっているかもしれません。

この連載で書いていくこと

第1回:走れている。でも余裕がない。
リターン後に感じていた、説明できない違和感。

第2回:「できているつもり」で走っていた頃の話
注意されないことで、問題ないと思っていた頃の感覚。

第3回:操作を説明できない、という壁
言葉ではなく、「理由」が見えていなかった話。

第4回:曲がらない理由が、少しずつ見え始めた
バイクが言うことを聞かない原因をほどいていく過程。

第5回:余裕が戻ったとき、何が変わったのか
速さではなく、走り方との向き合い方が変わった話。

この連載は、
「スクールに行くべきか」という話でも、
「自己流はダメ」という話でもありません。

ただ、
同じような違和感を抱えた人にとって、
何か一つ引っかかるものがあればいい。

そんなつもりで書いています。

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